『イマ』

『イマ』とは、今(now)であり、居間(Living Room)でもあり、同時代を共有しながら語らえる温かな共有の場です。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
ご無沙汰してます。
いよいよ2009年も残り1ヶ月をきりましたね!
一年を総括する、というわけではないですが今回のお題は「自分にとっての今年のベスト一冊(あるいは一行)」で皆さんのお話を伺ってみたいと思います。

コメント欄にどしどし投稿をお願いいたします、
読書家の多い皆様・色々なこだわりをお持ちの皆様がどのような一冊を挙げられるのか、楽しみにしています。
(投稿者:RYM)

本の画像:(コメント欄をみて適宜追加していきます)

○RYM
世紀の発見世紀の発見
(2009/06/13)
磯崎 憲一郎

商品詳細を見る


○Shinさん
センネン画報センネン画報
(2008/05/15)
今日 マチ子

商品詳細を見る


○いなばさん
般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)
(1960/01)
中村 元紀野 一義

商品詳細を見る
スポンサーサイト

投稿者ということで、まず最初に書かせていただきます。
私の一冊は
『世紀の発見』(磯崎憲一郎)
です。

作者の磯崎氏は、今年芥川賞を取ったということでお名前をご存知の方も多いと思います。
しかしその芥川受賞作『終の住処』よりも、この作品ははるかに良作と思い挙げさせていただきました。
○この一冊、の理由
磯崎氏の小説はつねに「時間」という主題をはらんでいます。
単行本一冊の中に、ものすごく長い時間の流れと、ほんのわずかな一瞬が共存しています。
その傾向が顕著に現れているのがこの一冊です。

人は過去を振り返るときに、まっすぐには振り返りません。ビデオを巻き戻すようにはものを思い出さない。
どうでもいい一部分をやたら覚えていたり、肝心なことはすっかり忘れていたりする。
幼児期の記憶とおもっていたものが、小学生のころの、しかも他人の話だったりする。
ものごとの順序や印象までもが、どうにも不可思議な形に組みかえられている。

こういうのが、自分とってはとてもリアルな回想の仕方、リアルな時間の捉え方と感じています。
そして、そういう時間のあやふやさを見事に描けている作家の一人が磯崎氏だと思っています。

自分がこの一年を振り返ったとき、多くの幸せな思い出や、仕事で苦労したことなどが渾然一体となってせまってくる感覚があります。

磯崎氏の著作を読んでいると、そういう記憶のあり方を肯定されるような気がするのです。

○この一行、の抜粋

「つまり俺は、誰のものでもある、不特定多数の人生を生きているのだな」

この小説の主人公もまた、あらゆる記憶が整理されないまま日々を送っています。
そんな彼がある日、それらすべての記憶が、たとえ自分の記憶でなかろうと、幸せと感じるならそれはすべて自分のことだと実感する瞬間があります。
そのときに彼がこころの中で呟くのが上記のせりふです。

自分が思い出すいっさいのことを丸ごと受け入れる姿勢を一言でまとめたせりふだと思います。

・・・とはいえ、やはり実際の著作を読んでいただくのが一番です!ので是非とも手にとってみてくださいね。

2009.12.04 05:36 URL | RYM #pxKePtJU [ 編集 ]

■『センネン画報』今日マチ子

一年間というともっと他にもあった気がするけれど、最近読みなおした『センネン画報』を。

栞かわりに挟んであったレシートを見ると2009年1月とありますので、この本で1月を迎えて、改めて12月に再会したことになります。昨年1月は、ちょうど引っ越しの直前でした。

○理由
言葉がこんなに少なくても、イラストともに伝わる感性の豊かさと、日常で簡単に見逃してしまいそうな些細な点を見逃さない観察眼に驚きました。

水色を基調としたイラストとここぞというところで最小限に現れる言葉が効きます。

たった一ページや数ページの風景や登場人物の仕草は、見る度に何か違った発見があるような世界が広がっています。

もともとは一日一ページを作家自身のブログで更新していたものだそうで、ページに行くと見られます。


○この一行
一行ではないけど、本書の一作品をご紹介。「海から36km」という長編がとっても好きです。

テーマは、時間を超えて気持ちが通じ合うということを念頭に描かれたそうです。
この試みはぼくはものすごく成功しているなあって思います。
53~56ページにかけて、たった8文字のところで、なぜか毎回ジーンときます。

とても短い作品なのに、なぜだか2時間くらいのいい映画を見終えたような充実感があります。

自信を持って、この一冊に紹介します!

2009.12.04 22:03 URL | Shin #cbgCrZu6 [ 編集 ]

1年間あっという間でしたね!

2009年は、4-5月が空白の仕事休みだったり、いろんな転機もあったりして、人生で一番読書をした年だった気がします。今までの読書はなんだったのだろうかと思うほど今年の読書は骨身にしみて、いまさら読書ラブです。小学生時代から今まで思い返して、既に読んだことがある本も再度読み直していますが、当時は0.1%くらいしか良さが分かってなかったなーというのがほとんどで、我ながら驚いてます。

さて、そんな読書イヤーの中でざっと本棚を見返してみて、衝撃を受けた本。そして、自分が爺さんになってからも深く味わえるんじゃないかなぁと予感してしまったのは、これかもしれません。
====================
■『般若心経・金剛般若経』中村 元, 紀野 一義訳(岩波文庫)
====================

わしは、実家も含めて宗教に関しては一般的な日本人です。
正月は初詣で(→神道)、春には節分(→陰陽道)、冬にはクリスマス(→キリスト教)、葬式は仏教(近くのお寺が浄土真宗だから、それだけの理由で浄土真宗のお坊さんが来る)、仏壇(→仏教)に位牌(→儒教)が置いてあって、自然を愛している(→アニミズム)。という感じの、ハイブリッド日本教です。仏教もちゃんと知らなかった。

そんな自分が、医者になって人の生死に立ち会うとき、宗教の問題を本格的に学ばないといけないことを痛感して、それから仏教、儒教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、民俗学・・・と好き嫌いせず学び始め、宗教を通して文化、芸術、歴史、学問、哲学・・・が複雑にからみあっていることに驚き、今に至ります。30歳になり、勉強の楽しさを再発見している日々です。いやー。こういう学びの喜びを下の代に伝えていきたいなー。

『般若心経』は、600巻に及ぶ『大般若波羅蜜多経』のエッセンスと言われていて、すごく深遠なんですよね。そんなに長くないので、せっかくなので全文をご紹介します。古本屋で100円で売られてたりしますが、このすごい世界が100円で!って思います。
Youtubeでお経として音声で聞くとさらに深みがある。まさにメロディーの、耳の世界です。(これは第13回座談会でも深めた話ですよね)。
実際、自分でも音読してみると(読経って言うのかなぁ)、なんともいえない心地よさがあるんですよね。きっと、聖書やコーランやリグ・ヴェーダみたいな、それぞれの宗教の聖典も、その国の言語で読むとそういうものなんだろうなぁと感じます。そこはまた言語の不思議だし、耳の世界の不思議でもありますが。

前置きが長くなりましたが、そんなこんなで寄り道も満足したので、以下に全文をご紹介します。

============================================

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 
(全知者である覚った人に礼してたてまつる。求道者にして聖なる観音(聖アヴァローキテーシュヴァラ)は、深遠な智恵の完成を実践していたときに、存在するものには五つの構成要素があると見きわめた。)

舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 
(シャリープトラよ。
しかも、かれは、これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないものであると見きわめたのであった。
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(ありうるの)ある。実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。(このようにして)およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないといいうことは、物質的現象なのである。これと同じように、感覚も、表象も、意思も、認識も、全て実体がないのである。)

舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 
( シャリープトラよ。
この世においては、すべての存在するものには実体がないという特性がある。生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、汚れを離れたものでもなく、減るということもなく、増すということもない。)

舎利子 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽
(それゆえに、シャリープトラよ、
実体がないという立場においては、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、認識もない。眼もなく、(耳もなく)、鼻もなく、舌もなく、身体もなく、心もなく、かたちもなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触れられる対象もなく、心の対象もない。眼の領域から意識の識別の領域にいたるまでことごとくないのである。 (さとりもなければ、)迷いもなく、(さとりがなくなることもなければ、)迷いがなくなることもない。 )
 
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 
(こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというにいたるのである。 苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制してなくすことも、苦しみを制する道もない。知ることもなく、得るところもない。 )

以無所得故 菩提薩 依般若波羅蜜多故 心無礙 無礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想
(それゆえに、得るということがないから、諸の求道者の智慧の完成に安んじて、人は、心を覆われることなく住している。心を覆うものがないから、恐れがなく、傾倒した心を遠く離れて、永遠の平安に入っているのである。)
 
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 
(過去・現在・未来の三世にいます目ざめた人々は、すべて、智慧の完成に安んじて、この上ない正しい目ざめをさとり得られた。)
 
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪日 
(それゆえに人は知るべきである。智慧の完成の大いなる真言、おおいなるさとりの真言、無上の真言、無比の真言は、すべての苦しみを鎮めるものであり、偽りがないから真実であると。その真言は、智慧の完成において次のように説かれた。)


羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 
菩提薩婆訶 般若心経 
(ギャーテー ギャーテー ハラギャーテー ハラソーギャーテー ボーディソワカー 般若心経 )

2009.12.10 10:19 URL | いなば #F6hO5iFk [ 編集 ]












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://utifima.blog90.fc2.com/tb.php/9-33c3734d

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。